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「遠 い 道」 私は今、外断熱による〈省エネ・健康・高耐久〉都市つくり 特定非営利活動法人 外断熱推進会議に所属していますが、この道は決して平坦ではありません。山あり海あり、坂あり谷あり、の遠い道ですが、目標に向かってしつこく挑戦する覚悟を決めています。この外断熱への道に加え、私には人生のテーマがもう一つあります。 【夫れ尺八道は竹の如き心もて仁義禮智信五孔を堅く握り締め誠心を以って吹き貫くを謂う也】 日本の尺八の流派は琴古流、都山流と上田流が三大流派と言われていますが「道」と付くのは上田流だけです。極めて哲学的な真髄文ですが世に茶道、華道、柔道、剣道、空手道と「道」がつくものは、単なる技術の向上や技能のレベルを極めるだけでない、何か精神的な柱があるようです。この真髄文は要約すると「尺八道は虚心無我の心になって仁義禮智信の五孔の道を実践すべき」(尺八には直径約10mmの孔が五個あいており、唄口より息を吹き込み、この孔の開閉で音を出す)となりますが、いいかえれば尺八道は音を通して己を磨き人格を高めることで単なる尺八音楽ではあってはならない。ということでしょう。 尺八を手にして約40年になりますが、とても真髄文の思想からはほど遠い感じがします。特に、現代では西洋楽器とも共存し、尺八は音の出る単なる楽器、といった感もあります。尺八は、それのみで吹奏する「本曲」。筝、三味線、尺八と合奏する「三曲」などがありますが、特に「本曲」は吹き手の技量のみならず心がよく現れ、「本曲」にこそ尺八の真髄があるといわれます。それは尺八が単純な構造の楽器ながら無限の音を奏で、吹き手の心が外に現れるからでしょう。たとえば「五月雨」「落葉」「恋慕流し」(いずれも流祖芳憧作曲)はその代表作です。 「三曲」にしろ「本曲」にしろ演奏会で気持ちよく吹けた、きっと聞いているお客さんも満足したに違いない、と言えるのはほとんど皆無でそれだけ技巧的にも感情移入も難しく、奥が深いと言えます。先の見えない、突き当りのない「遠い道」に迷い込んだとも言えますが、それだからこそ挑戦する意味があるのかもしれません。 余談ですが文部科学省の方針により、平成14年に「小・中新学習指導要領」の中に邦楽が必須科目として位置づけられ、子供たちは日本古来の音楽を聞いたり楽器に触れたりして今までの西洋音楽から転換することとなり私には大変嬉しい教育方針と大歓迎です。「千鳥の曲」、「春の海」、「鹿の遠音」などの素晴らしい曲は愛好者のみの財産ではありません。尺八道を共に歩いていける仲間が増えることを希望して止みません。年に数回の演奏会や尺八研究会などがありますが、その都度自分なりに目標を決めて練習しています。自己に目標を課してやっとその気になるのですから技量の上達も、まして真髄文の思想にはほど遠いことになります。それでも、この魅力ある道に入った以上、手が動かなくなるまで、譜面が読めなくなるまで、私の生涯の趣味としてしつこく歩いていこうと考えています。 田村浩一(外断熱推進会議事務局)
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